40歳は人生の折り返し地点。後悔しない人生を送る為に考えるべきこと

俺はアラフォー。

いきなり話は変わるが、アラフォーとは”アラウンドフォーティー(around40)”の略。もともとアラサーから派生した言葉で、35歳〜44歳の女性を指す言葉。でも、最近は男性の40歳前後を意味する言葉としても使われている。

話を戻すが、人生80年と考えると40歳は人生の折り返し地点ということになる。今まで生きてきた時間をもう一度繰り返せば人生が終わる。

なので、アラフォーの俺は今後の人生についてちゃんと考えるべきだと最近思うようになってきた。人生の折り返し地点で一度立ち止まり、今後の生き方について考えておかないと人生を後悔する様な気がするからだ。

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40歳男性とは洗練された大人か?

40歳の男性と言えば立派な大人。人生の酸いも甘いも経験し、仕事もプライベートでも確固たる信念を持ち、豊富な教養と経験を基に大概の問題・課題を解決できる洗練された人間だと思っていた。

しかし、実際40歳を目前としている俺はどうだろうか。そんな大人になれているだろうか?

と言うと、全くそんなことはない。基本的な考え方や性格は高校生辺りから変わっていない(成長していない)ような気がする。精神年齢は18歳位で止まってしまい、体だけがどんどん老いているような気がする。

もちろん、18歳の頃に比べたら様々な経験・体験をしているので、それなりに大人な判断ができるようになっている。しかし、精神年齢的な意味では根本的に変わっていないし、若い頃に感じていた洗練された大人とは程遠い。

  • プライベートでも仕事でも問題・課題にぶつかればオロオロしてしまうし、逃げ出したくなることもある。
  • 時々だが未だにアニメは見るし、ゲームだってする。
  • 人に甘えたいという願望を今でも持っている。
  • 朝は眠たいから、ぐだぐだしちゃう。
  • 寒かったり、暑かったりするとダラダラする。
  • 人に怒られると落ち込むし、感情的に人を怒ったりもする。
  • 気に食わないことがあると拗ねることもしばしば。
  • 将来が不安でどっしりとなんかしていない。
  • 人生楽しくないなぁ〜。と生活に不満を抱えている。
  • 痛いことは未だに嫌い。できれば避けたいし逃げ出したい。
  • お菓子を食べたいと未だに思う。
  • 年下でもしっかりしている人を見ると、自分より大人に見える。
  • つらいこと嫌なことがあると泣くことだってある。
  • etc・・・

昔、俺が抱いていた大人のイメージはこんなんじゃない。上記に挙げた今の自分は、大人というより子供だ。そう考えると「俺って年相応に成長できてるのか?」と凄く不安になる。

自分の中の大人のイメージと、実際の自分に大きなギャップを感じてとてつもなく不安になる。

しかし、同級生に目を向けるとどうだろうか?

ぶちゃけ、俺と同じような奴ばかりだ。見た目は禿げてたり太ってたりして下手すると40代後半、50代に見えるやつもいる。一方で30代前半に見えるような若々しい奴もいる。

だが、精神年齢的な観点で見るとあまり大きな差はない。ダラダラした生活をしているやつも多いし、ガキのような考え方で人生を舐めている様なやつもいる。

そう考えると、自分が理想の大人になれていないと感じる事に対し、それ程不安に感じる必要はないのかもしれない。実際、自分が持っていたイメージはあくまでもイメージ。昔、俺が見ていた大人たちも見た目が大人に見えていただけで、精神年齢は今の俺と大して変わらないのかもしれない。

しれないって言うか、実際そんなもんなのだろう。だって、今親父を見ると我儘で頑固で”子供だなぁ〜”って感じる事があるからね。

今後の生き方を考える前に今までの人生を振り返ってみる

この40年間、俺はどのように人生を生きてきたのだろうか?計画的に生きてきたか、それとも行き当たりばったりで生きてきたのか?どちらかと言えば、行き当たりばったりだ。

小学生の頃は、将来なんて考えず、その日その日を楽しんで暮らしていた。

中学生になれば、高校受験のための勉強と部活に励んだ。中学卒業を見据え、多少計画的に生きるようになったが、それでも1〜3年後の将来しかみていない。

高校時代以降の生き方はほとんど変わっていない。大学受験や就職活動を見据えて多少人生設計はしていたものの、たったの数年先しか見据えていない。

社会人になってからは、もっと計画性がなくなった。半期ごとに設定される営業目標達成へ向けた行動しかとっておらず、5年後の自分、10年後の自分を描いた将来設計、キャリアアッププランなんて考えもしなかった。まぁ〜、半年間を見据えたというよりも、その日その日の営業目標達成を意識した行動しか取れていなかったように思う。

一方、プライベートはというと全く計画性なんて無かった。プライベートにおいて長期計画を立てたことなんて全くないな・・・。強いて言えば、欲しいラジコンカーを買うために計画的に貯金を頑張った位で、その体験以外で長期計画を立てて何かを成し遂げようなんて考えたこと無い。

40歳までの自分の人生を振り返ってみると、本当に無計画に生きてきた事がわかる。こんなに無計画に生きてきた人間って他にいるんだろうか?やっぱり、俺ってガキなのだろうか・・・

40代の過ごし方を考えてみる

初めは今後40年間の人生設計をしようと考えたが、今まで数年先しか見据えてこなかった俺が、数十年先を見据えた人生設計をするなんて自信がない。それに、これだけ変化の早い世の中だと先が読めないからね。取り敢えず、十年先くらいの人生設計をしてみようかな。

さて、人生の折り返し地点からこの先10年を考える場合、どんな事を考えるべきなのだろうか。

人生設計で考えるべきことをカテゴライズしてみると・・・

  • 仕事
  • 家庭
  • 両親
  • お金

こんなところだろうか。では早速それぞれについて考えてみよう。

今後の仕事に対するスタンス

今までは与えられた営業目標を達成するために、ひたすら頑張ってきた。残業もしたし、土日出勤もした。自分のキャリアプランはほとんど考えずガムシャラに頑張ってきた。(キャリアプランを考えないのはあまり褒められたことではないが・・・)

結果、同期と比較すると順調に出世している方だ。つまり、一平社員、プレイヤーとしてはそれなりの実績を挙げ、評価を得ている。

しかし、俺も気づけば良いお年頃。仕事においては中心的存在。

今までは、自分に与えられたミッション達成だけを意識していればよかったが、部下を率いてチームとして成果を出すことを求められる。また、一昔前の中間管理職は個人的な営業目標を持つことは無かったが、現在求められるのはプレイングマネージャー。チームをマネジメントしながら、自分もプレイヤーとしてノルマを果たさなければならない。

そう考えると、20代・30代よりも遥かに忙しくなる。そう、今までと同じような仕事のスタイルではやっていけないのだ。今後十年間はプレイングマネージャーとしての立ち居振る舞いを新たに習得しなければならない。また、次のステップを想定し、管理職・リーダーとしてのスキル習得に重きを置いて行動すべきだろう。

また、自分の市場価値を高めることも重要だ。大企業が倒産・リストラする時代。自分が勤務する会社もいつ倒産するか分からない。まぁ〜、倒産する可能性なんてかなり低いと思っているが、リストラの可能性は想定しておかないといけないと思う。

リストラ対策は2つ。リストラされないように今の会社で確固たる地位を築くか、リストラされてもすぐに転職できるだけのスキルを身に付け、自分の市場価値を高めることだ。

そのためには、自分の経験・スキル・知識・人脈の棚卸しを行い、自分の強みと弱みをしっかりと把握すること。で、どの分野の強みを伸ばせば市場価値を最大化できるか、どの分野の弱みを克服すれば転職に有利なのかを考えることが重要になる。

なんて言っても、戦略と計画を立てても実行できるかどうかが問題なんだよね。そのためには、今の残業三昧のスタイルを代えて、自分を高めるための時間を作り出す必要がある。まずは、そこから始めなきゃな。

家庭に対する人生設計

30代後半で離婚しバツイチになった俺にはこれを考えるのが一番難しい。

再婚して新しい家庭を築くか、このまま独身を貫くか。離婚してそれなりの月日が経ったがこの考えが全く固まらない。自分がどうしたいのか、どうすべきなのかいくら考えても答えが出ず、いつも思考停止してしまう。

このままずっと悩み続け、気がつけば50代を迎えることになるんだろうな。そして、取り返しがつかない状況になり、死ぬまで後悔することになる。やっぱり、今しっかりと考えて自分が目指すべき家庭像を固めるべきなのだろう。

一人で自由気ままに生きる人生を選択するか、自由が多少奪われても家庭を築くために再チャレンジするか。ま、こればっかりは俺一人で決められることではなく、相手もあることだしな。。。

急いで決めるべきではないが、成り行きに任せるのではなく自分の目指すイメージくらいはしっかりと持っておこう。

両親の問題。要するに介護問題

俺は長男。親の老後の面倒を見ることが宿命づけられている。

実家に帰省する度に両親がどんどん年老いていることを実感するが、今は両親ともに元気に過ごしている。しかし、事故に遭うとか、大病をするとかで一気に介護が必要になるか分からない。

何事も無ければ後10年位は介護の必要はないかもしれないが、いずれいつか両親の老後の面倒を見なければならない日が確実にやってくる。

介護をする方法は2つ。実家に戻り自分で介護をするか、介護福祉施設などに入居させお金で解決するか。両親は自分に何かあれば介護施設にいれてくれと言ってくれているが、いざそのような時が訪れた時、何十年も住み慣れた家を出ることを素直に受け入れることができるかどうか分からない。

苦労しながらも自分をここまで育ててくれた両親なので、人生の最後くらいは希望する生活をさせてあげたい。しかし、そうなると仕事を辞めて実家に戻らなければならない。実家はかなり田舎なので、この歳での再就職は不可能だろう。

となると、両親及び俺が共倒れとなってしまう。であれば、やはり今の仕事をつづけることで介護費用を稼ぐ方が俺たち家族にとっては良い選択なのかもしれない。

実際、介護離職して悲惨な生活を送っている人たちは沢山いるみたいだし。介護と仕事の両立なんて不可能なんだろうな。

となると、介護が必要になった時の対応について、両親が元気なうちにしっかり話をすることが必要なのだろう。それも毎年そういう会話をすることで、いざその時が訪れた時に両親が心の準備ができるように誘導してあげなければならない。

親子で共倒れとならないようにこの準備はしっかりしておきたい。

お金・貯金・資産運用の考え方

人生折り返し地点ということは、そろそろ自分の老後のお金問題に関しても真剣に考えなければならない。俺は、今まで数十年先に備えた行動を取ってこなかったと言ったが、老後の生活資金については漠然とではあるが不安を覚え、老後の為の貯金をしている。

自分が定年を迎えた時、再就職して働くことなく豊かな隠居生活を送れるために必要な貯金を準備すべく着々と貯金額を増やしている。

ただし、再婚するとか子供を持つとか両親の介護費用を負担するとかは考慮に入れいてない。今の稼ぎが60歳迄続くと仮定し、ずっと一人で過ごした場合は60歳以降働かずに優雅に暮らせるだけの貯金はできる算段がついている。60歳時点で1億円以上を貯金する予定だ。

しかし、このプランは今後家庭を持つか否か、両親の介護が必要となるか否かで大きく変化する。

となると、最悪の自体を考え貯金計画を練り直す必要がある。

ま、家庭を持ち、子供を作った瞬間に60歳での隠居生活は不可能な夢となるだろう。しかし、働かない豊かな老後を捨ててまでも家庭を持ちたいと思えば、それはそれで後悔しない人生のためには必要なことなんだと思う。

とにかく、人生が終焉を迎える時、「こうしておけば良かった、なんでもっとちゃんと考えなかったんだろう」という後悔だけはしたくない。自分でしっかり考え抜いた上での選択であれば、どうしようもない後悔の念に駆られることはないだろうから。

ま、今の貯金を軍資金として資産運用を極めれば、60歳での定年も、優雅な老後も、家庭も、十分な両親の介護も実現できるかもしれない。全てを手に入れる事を諦めず、資産運用を本気で勉強するというのも後悔しない人生の為には必要なことかもな。

でも、それで貯金を大きく減らしてしまえば後悔しても仕切れない気がするが・・・。

投資も人生もリスクとリターンのバランスが大事なのかもな。そのためには自分の置かれる状況をしっかりと把握、分析して未来を予測する能力とそれに対応するための行動を起こす実行力が重要。

仕事・家庭・両親の老後の面倒・お金の問題。後悔しない人生を送るためには戦略的な計画を立て、プランを実行する必要があるのか。人生って楽じゃないよね。。。