富の再分配・格差社会是正の必要性について考えてみた。

富の再分配。それは、高所得者から低所得者へ富を流すことである。

格差社会の是正。それは、収入や生活水準の格差をなくすことである。

簡単に言うと、金持ちには多くの税金をかけて金を奪い取る。一方、貧乏人にかける税率は低く設定し、あまりお金を取らない。こうして、金持ちから貧乏人に富の再分配を行い格差を是正するのである。ま、これ以外にも色々手法はあるんだろうけど。。。

でも、これって本当にいいことなのだろうか?富の再分配、格差社会の是正は本当に必要性があるのか?と考えてみた。

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貧富の差が発生する原因

そもそも高所得者と低所得者が生まれる原因はなんだろうか?それは、社会の制度にある。社会主義国家と資本主義国家の違いだ。

社会主義とは国が国民の富を管理し、国民全てを平等に扱うことで幸せになろうという考え方である。よって、一生懸命働こうが怠けようが手にする富は同じになる。経済活動において自由が与えられていないのだ。

一方、資本主義とは国が国民の富を管理すること無く、資本の自由な活動により利益の追求を目指す考え方である。よって、一生懸命働き結果が出せればより多くの富を手にできるし、怠ければ富を手にすることが出来ず貧乏になる。富を国に管理されない分、自由な生き方が可能だ。

で、日本は資本主義なので金持ちと貧乏人が生まれ、貧富の差・生活水準の格差が発生するのだ。

資本主義と社会主義はどちらが良い?

世界に目を向ければ一目瞭然であるが、社会主義国は衰退し絶滅へ向かっている。また、先進国の中に社会主義国家は存在しない。

これらの事実から考えれば資本主義の方が良いに決まっている。また、働き者も怠け者も同じ富しか手にすることが出来ない社会に生きるなんて、考えるだけで反吐が出そうだ。俺は怠け者が嫌いだ。その怠け者と自分が同じ富しか手にできないなんて到底納得出来ない。

また、富を国に管理され、自由に生きることとが出来ないなんて考えれない。

貧富の差とは努力の差

さて、資本主義国で生きる方が良いが、その代わり、貧富の差が発生するデメリットを受け入れなければならないことは理解できた。経済的自由を手にする代わりに、貧乏になるというリスクを抱えるわけだ。

でも、これって当たり前。努力した人間が幸せになり、努力しない人間はそれなりの人生しか送れない。つまり、自業自得なのである。

こう考えると、富の再分配・格差の是正って必要なんだろうか?とやっぱり疑問を感じる。

例えば、学生時代に遊ぶことを優先して勉強しなかった怠け者は大学へ行けず、中小零細企業へ就職することになる。結果、往々にして年収の低い低所得者となる。

一方、学生時代に遊ぶことを我慢して一生懸命勉強し、良い大学を卒業した頑張り屋さんは大企業へ就職出来る。結果、往々にして高額の年収を稼ぐ高所得者となる。

また、学生時代はあまり努力せず中小零細企業へしか就職出来なかったが、その後必死に働き、仕事で大きな実績を上げることで高所得を手にするものもいる。

一方、大企業へ就職したものの、仕事を怠けていたためリストラされてしまい、再就職できず、アルバイトで生活するものもいる。

年収1,000万円のビジネスマンは朝から晩まで働き、時には徹夜で仕事をする。さらに土日も仕事が頭から離れず常にストレスを感じている。一方、アルバイトで生計を立てる人は、指示された仕事を淡々とこなし、決められた時間だけ働き、土日は仕事なんて考えず自由に過ごしてストレスはあまり感じない。

こう考えると、富の再分配・格差社会是正の必要性は無いと思える。努力して頑張っている人間が、なぜ怠け者を助けなければならないのだろうか?意味が分からない。

弱者なら助けなければならないが、貧乏人の多くは弱者ではなく怠け者なのだ。

富を生むサポートをするべきなのだ!

一昔前の日本は一億総中流社会であった。大多数の日本人は自分は中流階級に属していると感じており、収入や生活水準に格差を感じていなかったのである。

しかし、現在の日本は違う。年収、生活水準、教育水準などありとあらゆるものに格差が生じている。二極化が激しい格差社会なのだ。

でも、「これは努力の差なのだから致し方無い」と放置していいのだろうか?恐らくマズイだろう。二極化がこれ異常に進めば社会が崩壊してしまう。治安が悪くなり、暴動が起こる。なので、富の再分配・格差の是正が叫ばれるようになっているわけだ。でも、方向性が違うのである。

本当にやるべきなのは、努力しない怠け者の貧乏人を努力して稼げる人間に変えることなのだ。努力して富を生み出す為のサポートをすることなのだ。

で、サポートにより稼げるようになればそれでいいし、サポートを受けても努力しない怠け者は見捨てればよいのである。

日本が一億総中流社会と呼ばれていた時代の日本人と今の日本人を比較すれば、絶対に昔の日本人のほうが必死に努力していた。だからこそ、貧富の差が少なかったのだ。

富の再分配によって、怠け者を救う社会なんていいわけがないのだ。奴らをつけあがらせるだけだ。よって、やっぱり富の再分配の必要性なんて無いと思う。

「貧乏人=弱者」ではなく「貧乏人=怠け者」なのだ。勘違いしてはならない。努力したものが報われる社会。それを壊してはならない。